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日本特撮における着ぐるみとCGについて

この文章はあくまで自分個人の1つの意見であり、その他のものの誹謗中傷や、作品・ファンの意見を否定するものではないものとする。

 

 

日本特撮といえばこれまでの歴史で切り離せないのが着ぐるみとスーツアクターだと思う。ゴジラ仮面ライダースーパー戦隊も撮影においてはスーツアクターさんがそのキャラクターの造形をしたスーツに入って演技したのを撮ってるわけだけど、個人的にそろそろ日本特撮も着ぐるみスーツで映像を撮るのに限界が来たんじゃないかとおもう。

仮面ライダーアマゾンズやエグゼイドなど最近のライダーやスーパー戦隊を見ていると、どうも二次元のイラストやコミックに落とし込んだら映えるデザインがかなり多い気がする。つまり、デザイン画から質感や色をそのままに造形に反映させすぎてしまっているという事。

実写による映画(実写化という意味ではなく、実際の役者さんが演じるのを直接撮影する映画全般という意味)ではキャラクターの造形を考える際にただデザインをどうするかということだけではなく、それが現実世界(二次元のアニメやコミックではなく三次元の世界)に置かれた時に現れる材料の質感や皮膚感をどうするかという視点が生まれるとおもう。ここ数年でヒット映画をたくさん生み出しているマーベルの実写映画やDCコミックスの実写映画を見ていると、実写で撮影するにあたってスーツの質感や存在感に細かく配慮されているようにおもう。例えばアントマンのスーツに細かく施された錆や汚れ、同じくアントマンスパイダーマンなんかにもある細かい繊維のつながり、アイアンマンの装甲の継ぎ目や関節部分にはそこをカバーするようなアーマーや配線のようなものが張り巡らされていて、それらは特撮スーツのように折れ曲がることはなく、金属アーマーらしいアクションを見せてくれる。

日本の特撮において萎えてしまうシーンとしてあるのが、「硬いはずの部位が柔らかいこと」と「立体的になっているべき部分のはずなのに立体じゃないこと」がある。

前者後者共に仮面ライダーアマゾンズではよく見られた。前者の例でいうならファーストシーズンではアマゾンオメガのアマゾンズドライバーのハンドル部分がアクションシーンをしながらひん曲がっていたし、後者の例でいうならアマゾンアルファは全身に無数の傷跡があるという設定なのだが、その傷がちゃんと傷として立体的に造形してあるのは頭部と胸部、肩のアーマーだけだし、胸部のアーマーは他の傷の断面が緑色なのに対して外皮と同じ色をしてる。そして他の四肢の傷は全て薄いスーツに模様で再現されてるだけだからあれは傷ではなく模様である。

そしてそもそもをいうならアマゾンズは身体が変化しているはずなのに出てくるアマゾンは全て金属じみた色ものやフィギュアーツの塗装っぽいメタリックレッドやグリーンなのだ。

個人的にはアマゾンズのスーツ造形は真仮面ライダーのような生物感のある造形になるのが一番好ましかったように思われる。真仮面ライダーは当時新しいリアルな仮面ライダー像を作ろうとした革新的な作品だったが、それ以降続編や関連した作品が作られることはなかった。しかし、対象年齢やストーリーの内容共に、真仮面ライダー路線に戻るにはアマゾンズが一番最適だったように思われる。しかし何故そこで従来のような造形を保持してしまったのか、、、(予算など大人の事情といわれてしまえばどうしようもないのだが)

 

少し脱線したような気もするがつまりどういうことかというと、日本の特撮においてスーツを作ろうとした際、二次元の質感をそのまま起こすため実際に立体物として作った時にディフォルメ化されてしまうということである。

ではこれから仮面ライダーなど特撮においてどのようにすればスーツのディフォルメ化を防げるのか、それはやはりハリウッド映画を見ていて考えられる手法をとるべきだろう。シンゴジラがちょうどその手法をとって迫力のある映像ができていた。

 基本はCGでヒーローなり怪人なりキャラクターを造形し、モーションキャプチャで動きをつける、そしてアップのシーンや静止したシーンには専用のギニョールやスーツで対応する。

こうすることによってシンゴジラがそうだったようにそもそも人間が入れないデザインのキャラクターも作る事ができる上に、モーションキャプチャで人間による動きは取り入れられる。つまりスーツがCGのモデルに、スーツアクターモーションキャプチャのアクターに変わるのだ。そしてその造形には三次元に起こした際の質感を考えて作ることを忘れてはいけない。

そしてCGに任せることで可能になることの1つとして、背景の街並みの破壊描写ができるようになるのだ。

これまでウルトラマン仮面ライダーを見ていて、あまり引きの映像で建物が壊れることがあまりないように思ったことはないか。またウルトラマンによくあるのが、ヒーローや怪獣の足元だけ都合よくスペースが空いており、その空間内で戦闘をしていないか。また、街が壊れる時にある程度大きさのある破片、しかもコンクリート壁しかないように見えることはないか。

ここの問題も、シンゴジラYouTubeにあるultraman n/aのように背景の街並みをきちんとCGで作り込むことであのような実際のようなビルが敷き詰められた都会の街並みを再現できると同時に大迫力の破壊シーンを作れるのだ。(CGでただやれば良いと言うことではなく、もちろん作り込むことが大事である)個人的にはultraman n/aを初めて見た時かなり衝撃を受け、これで映画を1つ作って欲しいと切実に思った。

日本の特撮とスーツ・スーツアクターはこれまでの長い歴史を作ってきた黄金のタッグであることは言うまでもない。だがテレビの高精細化や視聴者の層の変化や目の肥えかた、いろんな面で少しずつその表現の仕方にも変化が訪れる時期が来たのではないだろうか。自分はあくまでもキャラクターはその作品のアイデンティティだが、その表し方は道具によって変わって良いと思っているため、現在はCGとミニチュア特撮が共存している日本特撮だが、これからもっと多様に変化していくことを望むばかりである。